1.自分にふさわしくない人たちと過ごすのをやめなさい。
2.自分の問題から逃げるのをやめなさい。
3.自分に嘘をつくのをやめなさい。
4.自分にとって大事な事を後回しにするのをやめなさい。
5.自分以外の誰かになろうとするのをやめなさい。
6,過去にしがみつくのをやめなさい。
7.ミスをするのを恐れることをやめなさい。
8.過去の間違いについて自分を非難するのをやめなさい。
9.幸福をお金で手に入れようとするのをやめなさい。
10.自分が幸せになるためだけに誰かを求めるのをやめなさい。
11.意味もなく怠けるのをやめなさい。
12.まだ準備ができていないと考えるのをやめなさい。
13.不適切な動機で人と関わるのをやめなさい。
14.過去にうまくいかなかったからという理由で新しい人間関係を拒絶するのをやめなさい。
15.他人と競争するのをやめなさい。
16.誰かに嫉妬するのをやめなさい。
17.泣き言を言ったりいじけるのをやめなさい。
18.根に持つのをやめなさい。
19.自分より低い誰かのレベルに合わせるのをやめなさい。
20.誰かに自分のことを説明して時間を浪費するのをやめなさい。
21.休憩なしで同じ事を何度もするのをやめなさい。
22.なにげないひとときの美しさを見落とすのをやめなさい。
23.完璧にやろうとするのをやめなさい。
24.安易な道を選ぶのをやめなさい。
25.物事がうまくいっていないときに問題ないふりをするのをやめなさい。
26.自分の苦しみを誰かのせいにするのをやめなさい。
27.八方美人になるのをやめなさい。
28.心配しすぎるのをやめなさい。
29.起きて欲しくないことに焦点を合わせるのをやめなさい。(起きて欲しいことに集中しなさい)
30.感謝の念を持たないのをやめなさい。
デブ→恰幅の良い、ニブい→物事に動じない、下手糞→味のある、ダサい→素朴な、特長の無い→
バランスの取れた、ありがち→王道を行く、適当な→臨機応変な、鬱陶しい→存在感のある、暗い→落ち着いた、クドい→丁寧な、腐った→熟成した、意味不明
な→ミステリアスな、発言主体ゼロ→協調性の高い
「あたりまえ」を「ありがとう」と言うのが感謝
「だから、なに?」を「おめでとう」と言うのが賞賛
「もう、ダメだ」を「これからだ」と言うのが希望
「なりたいな」を「なってやる」と言うのが決意
「もういいや」を「まだ待とう」と言うのが忍耐
言葉だけでも認識は変わる
「神はいるよ」←ユダヤ教。「その神の言葉を最後に聞いたのは僕だよ」←ムハンマド(イスラム教)。「むしろ僕が神の子だよ」←キリスト教。「僕(インド人)が考えた最強の神だよ」←バラモン教。「バラモンよりブッタの言う事が神レベル」←仏教。「神そうな奴は大体友達」←日本。
私たちの遺伝子中の窒素も、歯の中のカルシウムも、血液中の鉄も、
かつて収縮した恒星の内部で作られた。
私たちの体は、すべて星の物質でできている。
私たちは、きわめて深い意味において“星の子”なのである。
カール・セーガン(天文学者)
以前、小学校に入った年の子供がいきなり「もうこれから何もいいことが起こらないような気がする」と泣き出したのを聞いて、ぎょっとしたことがある。
クリスマスとお正月が過ぎ、三学期が始まったばかりの頃だった。楽しいことが終わって寂しくなったのか、学校で何かいやなことがあったのかと思ったのだが、その子はつぎの日高熱を出した。インフルエンザを発症したのだ。
大人であれば、風邪の引き初めの「何かだるいような感じ」「なんとなく普通ではない感じ」と表現したのだろうが、その「感じ」を六歳の子は、「これから何もいいことが起こらない感じ」と表現した。つまり彼にとっての〈世界〉は、未だ身体と心が別物ではない、風邪に罹った身体の不調は、未来への不安として知覚されたのだ。
わたしたちは「言葉」を介して世界とふれあっている。わたしたちが目で見ているのは、「ものそのもの」ではなく「言葉」であり、「音そのもの」ではなく「言葉」であり、感覚といわれるものですら「暖かさ」「静けさ」「穏やかさ」という言葉を感じているのだ。だが、もしかしたら「痛み」「不快」「不調」「不安」という言葉での分節を知る以前の赤ちゃんにとっては、何もかもが同じことなのかもしれない。
わたしは以前から眠くなった赤ん坊や幼児が泣くのが不思議でならなかった。眠たければ寝ればいいのに、何をいったいぐずぐず言っているのだ、と、眠くてぐずぐず言う弟を見て腹を立てたものだった。だが、彼にとっては、「痛い」のも「眠い」のも、あるいは母がそばにいなくて「不安」なのも、全部同じものとして感じられているのかもしれない。眠くてぐずぐず言うのを、母が抱き取って「よしよし、眠いんだね、ねんねんよ」ということで、「眠い」という分節を知り、転んで泣き叫ぶのを「よしよし、痛かったんだね、お薬をつけようね」と言いきかせて「痛い」という分節を知る。「言葉」を使うこととふるまうことが一緒に示されることで、赤ん坊は言葉の世界に入っていく。そうして言葉の使い方をある程度は知っている六歳の子は、その不安=不調を言葉でそう表現したのだ。
言葉の世界の住人であるわたしたちは、もはや言葉によって分節されなかった世界がどんなものか、想像すらできない。「わたしの身体」「わたしの手」「わたしの足の指」などというように、そんな「身体」を所有している「わたし」が身体とは別にどこかに存在しているかのような気持ちでいる。
けれど、疲れているときのものの見方は疲れていないときとはちがうし、アグレッシブな音楽を聴いていると、自然と気持ちは高揚する。気持ちに対しては嘘はつけても、身体をだますことはできない。風邪を引いたりしたときは、おそらく身体が真っ先に気づくのだ。けれど、言葉で身体と意識を隔ててしまっていると、言葉を使わない身体の声は聞こえない。身体の声を聞く回路というのは、おそらく大人になってしまえば、意識的に作り上げていかなければならないものなのだろう。
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鶏的思考的日常 ver.28 (via tnmemo)
身体と精神の感覚のgood/badはつながっている。演劇のトレーニングなんかそこを使う(身体の反応から擬似的に精神状態をつくる、など。例:笑ってるときと同様の腹筋の動きをすると、なんか可笑しくなってくる)し、草食った人の話だと、寒いとか空腹などの「不快」な状態だと、バッドに行きやすいなど。 (via nwashy)
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貧乏人たちの共通点
貧乏人は他人に厳しい
貧乏人はとにかく人に親切でない。この程度の親切ならと思えるようなこともしない。金銭的な面だけじゃなくて、「世話になっている人に対してこの程度の手間なのに」と驚くようなことすら断ったり。
これはおそらく、親切にして得られる信用の費用対効果を計算できず、自分のメンツを重視するからだと思う。とあるニートにお願いを断られたこと(だいたいニート個人の作業として30分もかからないこと)で、私は落胆し、数万円くらいのバイトを紹介するのをやめたことがある。数万円は親に小遣いをもらっているニートにしてはたいしたことがない数字かもしれないが、それでも30分くらいの手間で、数万円のバイトを紹介してもらえるなら、悪くない投資のはずだが。
貧乏人はとにかく無駄遣いをする。100円で買えるものが150円で売っていても、かまわずに払う。お金持っていないのにいいのか、と私が思うようなことでも、無駄なものに考えなしにお金を払う
貧乏人はお金を使わない。無駄遣いはするが、お金は使わない。
うまくいえないが、お金を使う勘所を意識していないのではないか。自分のところに貯めておくべきお金でギャンブルをし、堅実な貯金で将来的に自分にお金がはいることに気が回らない。
いわゆる投資もそうだが、若い人やこれからの人を支援したりすることには徹底して時間とお金を惜しむ。そのことでよりお金が回ることを知らないからだ。
貧乏人は周りを大切にしない
貧乏人は周りを大切にしない。無駄遣いばかりする代わりに、友人に贈り物はしないし、私のような社会人に居酒屋でちょっと多めに払ったりは決してしない。
これは、その行為を無駄遣いだと思ってるのかな、と思ってたのだけど、そこまで合理的ではない。ただ周りの好きな人間を大切にしなくてもかまわないという気持ちのようだ。
貧乏人は勉強をしない。とにかく本を読まない。講演を聴かない。人から教えてもらわない。
勉強したことが無駄にならないことをわかっていないからかもしれない。
貧乏人は聴くより語る
貧乏人は聴くより語る。人にたいして自慢話をしたりはしょっちゅうだ。そして人の話を聞こうとしない。
人の話を聴くメリットより、自分の話をするメリットのほうがでかいと思っているわけだ。ペラペラ自分の話ばっかりする貧乏人は多い。
貧乏人は挑戦しない
貧乏人は挑戦をしない。やったことないことや、苦手なことをあえてやってみようとしない。たとえば、ゲームセンターなんかにいかない人たちだが、たまたまいったら流行っているゲームをやってみようなどということはない。普通の人が面倒になって見てるだけだったりするのに加わるだけで、積極的に挑戦をしようと思わないことが多い。
失敗するリスクの低さと、経験のリターンの大きさを知らないのだろう。
貧乏人は短期的にポジティブ、長期的にネガティブである。よく貧乏人はネガティブな人が多いと言われるが、実際には、そうでもない。短期的には楽観的だったり不安に思わなかったりすることが多い。避けられる失敗をなるべく避けようとする気持ちが少ない。
一方で、将来的に自分がどうなるか、などに関しては驚くほどネガティブである。長期的に悲観になっても無駄だということを知らない。逆に、短期的に「まあいいか」と楽観的になると、のちのち悪いことが起きるのを知らないので、目の前のことに対しては真剣に考えない。
8. 偉大な従業員は偉大なリーダーの下に集う
従業員は仕事を辞めるのではなく、リーダーに対して辞める。
相手への理解ってのは
相手のすべてを受け入れるということではない。
「こういう人なのだ」と明らかにして許すこと。
「明らかにして許す」ことが「あきらめる」の原語であるという説もある。